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Introduction

“国際的なポップスターになる”
              1982年オスロ、3人の若者だけがその夢を信じていた

1982年、ノルウェー出身のモートン・ハルケット、ポール・ワークター=サヴォイ、マグネ・フルホルメンの3人により結成されたシンセポップバンド、a-ha。1985年に革新的なMVが大きな話題を呼んだデビュー曲「テイク・オン・ミー」が米ビルボード1位を獲得、ファーストアルバム『ハンティング・ハイ・アンド・ロウ』が全世界で1,100万枚以上のセールスを記録し、一気にスターダムを駆け上がった。その後もヒット曲が次々に生み出されるが、栄光の影で次第にメンバーの間に溝が生まれていく。

彼らが抱いた夢、そして音楽が繋いだ強い絆とは――3人の出会い、バンドの誕生、狂騒の80年代から90年代、解散、そして再結成を経て、いまだ進化を続ける彼らの軌跡を追った感動のドキュメンタリーがここに誕生した。


1985年、a-haのデビュー曲「テイク・オン・ミー」が全世界の音楽シーンを席巻した。

大ヒットを記録した映画『ラ・ラ・ランド』、『デッドプール2』、『バンブルビー』のサウンドトラックとして作品を彩るほか、今日においても耳にしない日はない。そして、a-haは現在も世界中でツアーを行い、大観衆を集めている。だが、ステージを離れると彼らは離れ離れだ。誰しもが不可能だと思った“国際的なポップスターになる”という夢を早くも叶えた彼らの友情は失われてしまったのだろうか…。

本作の監督を務めたのは、プロデュース作『わたしは最悪。』が本年度アカデミー賞にノミネートを果たした映画製作者トマス・ロブサームと、ノルウェーを代表するドキュメンタリー作家のアスラーグ・ホルム。彼らは4年をかけてモートン・ハルケット、ポール・ワークター=サヴォイ、マグネ・フルホルメンの3人と音楽関係者への取材を行い、時代を象徴する名曲の数々と共に、音楽の絆で結ばれたありのままのa-haの物語を紡いでいく。

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★全世界でCDトータルセールス5,000万枚以上を記録
                ★「Take on Me」のMVはYouTube再生回数14.1億回を記録
                ★ノルウェーのアーティストとして初めて米ビルボードの1位を獲得
                ★世界最大級のロックフェス「ロック・イン・リオ」で198,000人の観客を動員し、当時のギネス記録となる
                ★コールドプレイ、U2、オアシスら名だたるアーティストからリスペクトを受ける
                ★全世界でCDトータルセールス5,000万枚以上を記録
                ★「Take on Me」のMVはYouTube再生回数14.1億回を記録
                ★ノルウェーのアーティストとして初めて米ビルボードの1位を獲得
                ★世界最大級のロックフェス「ロック・イン・リオ」で198,000人の観客を動員し、当時のギネス記録となる
                ★コールドプレイ、U2、オアシスら名だたるアーティストからリスペクトを受ける

1982年にポール・ワークター=サヴォイ(ギター)、マグネ・フルホルメン(キーボード)、モートン・ハルケット(ボーカル)の3人によりノルウェー・オスロで結成。1984年、デビュー曲「テイク・オン・ミー」が母国ノルウェーで3位のヒットを記録。翌1985年、アラン・ターニーによるアレンジが加えられ、再びリリースされた「テイク・オン・ミー」は全米1位・全英2位の大ヒットを記録。マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」を手掛けたスティーブ・バロンが監督を務め、アニメーションと実写を巧みに組み合わせた革新的なMVが、当時台頭していたMTVとの相乗効果もあって大きな話題を呼び、全世界的なヒットとなった。

1985年のデビューアルバム『ハンティング・ハイ・アンド・ロウ』は「テイク・オン・ミー」、「シャイン・オン・TV」、「ストレンジャー・トレイン」、「ハンティング・ハイ・アンド・ロウ」という4曲のヒット・シングルを収録しており、全世界で1,100万枚以上のセールスを記録した。また、第28回グラミー賞最優秀新人賞へノミネートされたほか、第3回MTV ビデオ・ミュージックアワードにおいて8部門ノミネート、6部門受賞を果たす。その後、セカンドアルバム『スカウンドレル・デイズ』に収録されたシングル「ルージング・ユー」、「クライ・ウルフ」や映画『007/リビング・デイライツ』の主題歌「リビング・デイライツ」、サードアルバム『ステイ・オン・ディーズ・ロード』のタイトル曲「ステイ・オン・ディーズ・ロード」など、1990年までに多くのTOP10ヒットを生み出した。また、1991年にブラジルのリオデジャネイロで開催されたロックフェスティバル“ロック・イン・リオⅡ”で198,000人の観客を動員し、当時のギネス記録となった。

1993年に5枚目のアルバム『メモリアル・ビーチ』後は活動を休止し、ソロ活動がメインとなる。1998年、オスロで開催された“ノーベル平和賞記念コンサート”へ出演を機にバンドとしての活動を再開。2000年にリリースした6枚目のアルバム『遥かなる空と大地』はヨーロッパを中心に17カ国でアルバム・チャート1位を記録する。2002年には7枚目のアルバム『ライフラインズ』をリリースし、ノルウェーとドイツでアルバム・チャート1位に輝く。2009年、世界ツアー“Ending on a High Note”を最後に解散することを発表する。

2010年12月にノルウェー・オスロスペクトラムで開催されたコンサートを最後に解散したが、「テイク・オン・ミー」から30周年を迎える2015年に再結成が発表され、9月にブラジルのフェス“ロック・イン・リオ”へ出演したほか、6年ぶり10枚目のアルバム『Cast In Steel』をリリースした。また、2022年秋にニューアルバムのリリースを予定している。

About

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Staff

トマス・ロブサーム
|監督・製作・脚本

1964年、ノルウェー・アーレンダール出身。ノルウェーを代表する映画プロデューサーであり、長編映画やドキュメンタリーの監督も務める。プロデューサーとしてはヨアキム・トリアー、マリア・ソダール、マルグレート・オリンらの作品を手掛ける。ヨアキム・トリアー監督の『母の残像』(15)がカンヌ国際映画祭のコンペティションに選出されたほか、アマンダ賞(ノルウェー・アカデミー賞)の監督賞、脚本賞、撮影賞、編集賞に輝いた。また、ヨアキム・トリアー監督の『わたしは最悪。』(21)が本年度アカデミー賞®の国際長編映画賞・脚本賞へのノミネートを果たす。監督としては1977年から今日までのノルウェーのパンク・ロックを追ったドキュメンタリーシリーズ「Punx(原題)」(15)や、また現代においての奴隷を追った社会派ドキュメンタリー『Moderne slaveri(原題)』(09)などを手掛ける。

アスラーグ・ホルム
|共同監督・撮影

1965年、ノルウェー・スメラ出身。ノルウェーで最も影響力のあるドキュメンタリー映画監督の一人。2015年、自身の二人の息子の成長を7年に渡り追いかけた『Brødre(原題)』がアマンダ賞史上、ドキュメンタリー映画として初となる監督賞を受賞した。また、ノルウェーで1年以上のロングランヒットを記録した『歌え!フィッシャーマン』(01)では撮影と編集を務めている。その他の主な監督作品は政治家イェンス・ストルテンベルグを追ったドキュメンタリー『Oljeberget(原題)』(06)、ウトヤ島で起こった銃乱射事件の4人の生存者を追ったドキュメンタリー『Generasjon Utøya(原題)』(21)など。

イングヴィ・セーテル
|製作

ノルウェーで最も経験豊富で受賞歴のあるプロデューサーの一人で、これまでに約20本の長編映画を製作した。プロデューサーを務めた『Mannen som elsket Yngve(原題)』(08)、『アイ・ビロング』(12)、『Barn(原題)』(19)がアマンダ賞作品賞に輝く。また、ヨアキム・トリアー監督『オスロ、8月31日』(11)、リューベン・オストルンド監督『フレンチアルプスで起きたこと』(14)がカンヌ国際映画祭へ出品され大きな注目を集めた。

ヒルデ・ビョルンスタット
|編集

これまでに編集を担当した作品はアスラーグ・ホルムのアマンダ賞受賞作『Brødre(原題)』(15)、トマス・ロブサームのTVシリーズ「Punx(原題)」(15)など。

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